高射射撃指揮装置概観


射撃指揮装置は「重要だ」と言われている。
なぜか?

仮に、レーザー光線的な兵器であったとしても、発射から命中までには有限の時間を必要とする。
まして砲弾は光に対して絶望的にノロく、おまけに刻々と減速する。
加えて砲弾は直線には飛ばず、緩い弧を描いて落下し続ける。
的となる飛行機は射撃側の都合などお構いなしに、結構な速度で飛び続ける。
基本的には適切な付加角度を与えなければ、適切な未来方向に砲を指向しなければ、命中は成立しない。
さらに艦対空戦闘においては多くの場合、彼我共に移動している。事態はとても複雑となるだろう。

そして時間重要性にも注目したい。
砲弾を目標の至近で炸裂させることで、主にはその爆風破片により目標を撃破撃墜しようということは、広く知られていると思う。
爆圧は著しく減衰するため至近距離のみ。
破片であれば、ある程度の威力(存速)と破片密度とが得られる、弾の直径方向に広がるリング状の範囲がこれに相当する。
12.7cm高角砲や5in高角砲においては、概ね半径20~24m、厚さ10mほどの少々歪んだ空間が、一つの目安となるようだ。

砲弾炸裂によって一瞬生ずる半径約20~24m、厚さ10mほどのキルエリア。
大きいと見るか、小さいと見るか。
なるほど直径方向には、まずまずの大きさなのかもしれない。

だが・・・

目標とする航空機は、毎秒100m超の高速力で飛行するのが常だ。
厚さ10mのエリアなぞコンマ1秒以下で通過してしまう。
的確な射撃、適正な散布界で包み込んでも、わずかな時間差ですり抜けられてしまうかもしれない。
また射撃側に誤差公差が付き物であるように、目標側にもまた狂いがあるものだ。(ヒコーキは空気に 乗って飛んでいる)
よってその瞬間瞬間に応じ、命中までの時間差、砲弾の落差その他を勘定し、方位、仰角、信管秒時を的確に与え続けなければならない。

高射射撃指揮装置は、これを可能な限りスマートに、迅速に行うための一連の装置群である。
健全かつ有効な対空戦闘を行うための、必要不可欠な重要装置群であると考える。

さて。

これら重要な射撃諸元を求める計算装置は、射撃盤やRange Keeperあるいはcomputerなどと呼ばれるアナログ計算機。
モノとしては基本的に1920~30年代の技術であり、電動機械式計算機の形式となる。
当コーナーで主に扱う計算装置は、日米問わず全てこの形式である。
定速電動機を動力として、一定速の回転により装置を駆動することで装置内の時間軸を確立する。

弾道や未来位置などの計算式は機械要素…主として歯車、梃子、平面や三次元のカム、そしてローラー(ボール)積分器などによって具体化。
入力データーは方位盤や各種センサーから、セルシンやハンドル操作によって入力される。

回転量や移動量として入力されたベクトルは、(基本的には)出力側に向かって適宜に機構を動かす。
入出力状態によっては、予定外のギヤに押し戻したり押し進めたりの歯車相撲、なんてこともあったかもしれない。
正規の摩擦力に依存するローラー(ボール)積分器などは、突発的な大入力には追従が遅れ気味、なんてこともあるかもしれない。

方位盤照準によって得られた現在位置(方位・仰角・測距距離)。
そこから照準の継続によって得られる目標のベクトル(進路一定・速度一定)。
この直線ベクトルを砲弾飛翔時間分延長すると、これが未来位置。
なお計算機によっては「高度一定」の二次元計算となる。

残念なことに、この手の機械式計算機は、ともかく「敵はまっすぐ飛ぶ」と主張するほかない。
機械装置は、現在現時点を処理するのみ、なのである。
近年のデジタル電探+デジタル計算機で行われる、時間列を切り刻み記憶装置上に並列展開しつつ比較計算する複雑な前方予測は不可能だ。

針路を曲げる、速度を変える、などの不届きな敵機に対しては、的針的速への手動割り込みなどで対応可能かも知れないが、簡単ではないだろう。
「当たるのは敵がまっすぐ飛んでる最初のうちだけ」
「アクロバットをされると当たらない」
というような現場の切実な声もある。

”当らない”と評判の九四式はもちろん、”当たる”と評判のMark37でさえも、実は、まっすぐ飛ばないヤツには手を焼いているのだ。



九一式高射装置

HOME

□ 主要参考資料(射撃指揮装置の部)            
        光学機器国産化と日英関係 : 山下雄司 著  
        光学兵器とカメラ 1            :   林田吉弘 著    
        日本軍の対空射撃指揮装置 (USNTMJ-200E-0633-0764 Report 0-30.PDF)

ALL COPYRIGHTS RESERVED by 対空一考

inserted by FC2 system