12.7cm高角砲

存速と飛翔時間

対空戦闘をイメージするための前置 き

昭和十七年期

昭和十九年期


四十口径八九式十二糎七高角砲。
昭和の始めに開発された、海軍初の本格的高角砲。
連合艦隊艦艇に広く搭載された高角砲を、まず砲弾存速という観点から眺めてみよう。

砲弾存速と飛翔時間

要 目
砲弾直径    127mm
砲弾重量    23.45kg
砲口初速    720m/s
発射速度    14発/min

12.7cm高角砲 存速と飛翔時間

青色の実線(砲弾存速マッハ1.5超)
砲弾存速が安定的な超音速領域にあり、飛翔状態が概ね安定していると考える領域。
発射点(図の左下端)よりここまでを、仮に「必中を期する射程」とする。

緑色の実線(砲弾存速マッハ1.3超)
砲弾存速が超音速から遷音速に遷移しつつあるものの、飛翔状態が比較的安定していると考える領域。
発射点よりここまでを”命中を妥当な確率で期待できる範囲”と考え、仮に「対空有効射程」とする。

赤色の破線(砲弾存速マッハ1.1)
砲弾の周辺環境が、不時不定かつ過激に変化する遷音速領域(マッハ1.3~1.1)であり、飛翔状態が最も不安定化すると考える領域。
黄色実線「対空有効射程」からここまでの間を「不安定領域」、そして赤色破線を「音速の壁」とみなす。
つまり赤色破線よりも右側の領域は、砲弾存速が音速未満となる。

当サイトではこの「不安定領域」を、対空射撃において「命中をあまり期待できなくなる範囲」。
また「亜音速領域」を「射撃効果をおよそ期待せざる領域」と考えるのである。

ただし、砲弾が飛び続けていることは事実なのであるから、「もしかしたら?」を否定するものではない。
あくまでも、まともな意味で「期待できない」ということである。

さて次に、本図の妥当性を検証するために、ファーザーのHP様を参照し、現場から見た12.7cm高角砲の実戦評価を求めた。
【1】命中距離4,000m以内、高度3,000m以下においては射撃効果に満足。
【2】命中距離8,000m以上では、全く撃墜できない。
【3】高射装置を用いない射撃は全く無駄。

さて、これらをふまえた上で本図の出来や如何。

緑色の実線「対空有効射程」が概ね4,000m以内を示し、【1】命中距離とも合致具合が良く、管理人としては、とてもよい感じに仕上がったと思 う。

青色の実線「必中を期する射程」が約2,700m前後となり、これは高角砲の運用としては余りにも至近距離の感があり、少々余計な表現となったか もしれない。
また12.7cm高角砲の基本的な担当空域は距離3,000~12,000mであるから、やはり余計な表現であったように思える。
(1943砲戦教範改正案より)

それにしても、常識的なイメージ(何が常識かはともかく)よりも、射程距離がずいぶん短くないか?



対空戦闘におけるイメージ ~ 12.7cm高角砲と九四式高射装置と前置きと ~


ここまでは、砲弾存速を基準に弾道安定性=命中性能、つまり砲・砲弾の都合のみで性能を決め付けてきた。
しかし対空射撃とは、「理想的に固定された空中目標を」じっくり腰を据えて狙撃することではない。

およそ全ての空中目標は、一瞬たりとも留まることなく、常に移動し続けるものである。
さらに、訓練を除けば、的(テキ)のほぼ全てが、射撃側に対して全く敵対的行動をとることを常としている。
仮にも「対空一考」と題するからには、この点を含まなければいけないだろう。

そこでもう一押し。
敵機の動きを想定し、距離と時間の関係を絡めながら、もう少し現実的なイメージを組み立てようと思う。

ただし・・・空はどこまでも晴れ渡り、視界も限りなく良好という、それはそれで非現実的モデルだが。

もうひとつ。
作図上、海が全く平らであることには目を瞑っていただきたく、皆様にお願いする次第。

12.7cm高角砲 対空戦闘
      SBD水平進入からの急降下

緑色の実線(対空有効射程)
対空砲としての能力を、十分に発揮できると考える命中距離。前出図の存速M1.3に相当。
目標に対して、望みうる程度の十分な追従と、連続かつ有効な射撃を行えるものと考える。
本図においては、概ね3,900m前後

緑色の破線(有効射高)
対空有効射程の内側において、十分な追従と連続かつ有効な射撃を望むことができる高度を示す。
本図においては、概ね3,000m余り

これは特に、僚艦に向かう横行、斜行目標を有効に射撃するための指標となる。
当サイトにおいては、いくつかの試算を重ねた上で、以下の設定とした。
  1. 対空有効射程線より
  2. 的速220ノット
  3. 仰角70度に達するまでに
  4. 連続10秒間射撃を可能とする最大高度
・射撃時間が連続10秒間ならば、欲目に見て3斉射が可能だろう。
・また3斉射程度で当たらないと、直進するほかない水平爆撃機以外には、およそ回避行動をとられてしまう様だ。

赤色の破線(音速限界)
砲弾が音速を失う領域にあり、実戦においては、射撃効果に多くを望めなくなると考える距離。
あるいは「上手くいけば命中するかもしれない」程度までに低下してゆく距離。
本図においては、概ね5,000m前後。

当たり前ではあるが、これより右側の亜音速領域においても砲弾は飛翔し続けている。
等速直線飛行を行う、特に大型機などに対しては、「あわよくば命中するかもしれない」という淡い希望を否定するものではない。

青色の破線(戦訓上の撃墜限界)
射撃指揮装置を用いても、命中距離8,000m超では撃墜不能とされる。
管理人はこれを「砲+砲指揮システム+敵の戦術」を総合した上での、現実的な実用限度と認識した。
そこで本図では「撃墜限界」として、距離8,000mに破線を記入した。

なお一説によると、高度5,000m以上に対しては、効果がほぼ無かったという。
音速限界線との合致具合も良いことからこれを妥当と判断し、撃墜限界を高度5,000mまでの曲線とした。

では改めて。

昭和17年期の苦闘

12.7cm高角砲 対空戦闘
      SBD水平進入からの急降下

上図は、昭和17年の一年間に四度も戦われた、日米空母決戦のイメージである。

的(テキ)は、ダグラス式偵察爆撃機。
高度約4,800m、速力210ノットにて目標上空に進入し、降下角70度で突入。
終速250ノット、高度400mまでに爆弾投下と想定する。

以上を、九四式高射装置による統制のもと、急降下開始以前に撃墜するべく、試算を開始する。

12.7cm高角砲の発射速度は、要目上毎分14発だが、ここでは仮に毎分10発とする。
物事の基本として「何事もカタログ通りに事が運ぶと思うなよ」という余計な判断である。
撃墜限界8,000mより降下開始点までは、単純計算で所要約44秒間となり、約7斉射(超楽観的)となる。

以上を合計すると、高角砲一群2基4門にて約28発程度。一群3基6門(大和型など)では約42発となるか。
ただし、急降下直前の減速動作により、最後の1~2斉射は空振りになるかもしれない。

的は対空有効射程の遥か彼方だが、一方で、高度4,800mを等速直線水平飛行しており、計算上は安定するかもしれない。
弾着までの砲弾飛翔時間は、近い方で約10秒、遠いほうでは約20秒にもなる。
このような安定した的で無いと、未来位置の計算も覚束ないだろう。

本砲開発時の目標では、2基4門・的速170kt・命中距離10,000mからの連続120発射撃によって、撃墜を得る目論見であった。
しかしこれを目処ととしても、発射28発だの42発だのでは、全く弾数が足りない。
さらに海軍は実戦において撃墜所要を平均150発と評価していたようだ。そうなるとますます弾数が足りない。

連続150発を1セットとして全く理想的に「撃墜確率1」と仮定すれば、ここでは撃墜確率0.2前後。
全航程が有効射程外ということで、乱暴だがさらに半分に修正すると確率0.1程度と、実に心細い数値が残る。

一説では、敵3機編隊の一航過のうちに1機撃墜を得る所要を高角砲二群(計4基8門)としていた、などと聞く。
(「巨大戦艦大和 全軌跡」 原勝洋・著)
対空戦闘ということの難事業ぶりが窺える話である。

実際問題として。

「上手くいけば命中するかもしれない?」様な距離において、しかし敵機を確実に撃墜する必要があるところに、最大の悩みがあるのかもしれない。





 昭和19年期の死闘


12.7cm高角砲 対
      SB2C緩降下から急降下

戦争後期になると、さらなる高性能機の投入、戦術の洗練により、ますます対空火器の戦いは困難となってゆく。

的(テキ)は、カーチス式2形偵察爆撃機。

高度4,800m、速力240ノットにて目標上空に進入し、撃墜限界付近より30度の緩降下で突入開始。平均速度340ノット。
高度2,000m付近より降下角を60度、終速270ノットの急降下とし、高度400mまでに爆弾投下と想定する。

これを一連の射撃によって急降下以前に撃墜を果たすべく、試算を開始する。

12.7cm高角砲の発射速度は前項と同じく毎分10発程度とする。
緩降下開始付近より、高角砲担当3,000mまでの緩降下航程は、単純計算で所要約28秒間となり、約4斉射(超楽観的)となる。

合計すると、一群2基4門にて約16発程度。一群3基6門では約24発程度。
的は対空有効射程の遥か彼方だが、最後の1斉射あたりは有効射程内の弾着となるかもしれない。

このような高加減速を伴う高速緩降下目標に、九四式高射装置が実際的に、あるいはどの程度、追従できるものかは、正直ワカラナイ。
当サイトにおいては「目標追尾が出来る事になっているのだから出来るのだ」と、極めて能天気に仮定し話を進める。

  高度基準の大英海軍HACS等に対し、九四式射撃盤やFord Mark1 Computerでは、上昇降下する目標の追跡計算が比較的容易だ。
  ただ何れにせよ計算機は速度一定が大前提。加減速を伴う目標を相手にするのは難儀なことだろう。


弾着までの砲弾飛翔時間は、近い方で約5秒、遠い方では約20秒にもなる。
緩くてもスラロームなどされると、照準追尾も砲弾命中も極めて困難となるであろう。

曲芸飛行されると命中しないという声は、日米両軍から聞こえてくる。
なにせ、撃たれる側とて、撃たれまいと懸命なのだ。

それにしても発射16発だの24発だのでは、全く弾数が足りない。
前項同様に連続150発を1セットとして、全く理想的に「撃墜確率1」とするならば、ここでは撃墜確率0.1~0.16。
ほぼ全航程が対空有効射程外ということで、乱暴だがさらに半分に修正すると、確率0.1未満と、実に心細い数値が残る。

実際問題として。

有効射程外の遠大距離から、極めて高速に突入してくる敵機を、極めて短時間の内に確実に撃墜する必要があるところに、最大の悩みがあるのかもしれ ない。



5インチ高角砲

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